悪人が多いほど法律は増える?

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                                     フラッシュに反応してカワセミの目が光っている↑
  早朝散歩⇒今日は横尾山の健康地蔵へは行かずに、直接、奥須磨公園の小松池まで遣って来た。

 見るとデカイ望遠レンズを付けたカメラの後ろに人が立っている。お早う御座いますと、挨拶を交わす、

 カメラのレンズが向いている方向を見るといつもの場所にカワセミが居る。

 デジカメを出してシャッターを切る。周りが薄暗いため自動でフラッシュを焚いている

 もう一枚、撮ろうと思ったが、カワセミが驚いて飛び去ってしまうと、隣のカメラマンに気の毒だと

 思って、失礼と言いながらその場から立ち去った。

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   其の後、何時もの様にチビッコ広場でストレッチを済ませる。ペットボトルの水を飲むと胃の腑に

  浸みわたって行く~~~生きていると言った感じだ ←たいそうな(笑)

  そんな事を思いながら北へ向かって、ゆるやな坂道を下って行く、周りは木立ちの緑包まれ、目に見え

  ないフィトンチッド ( 植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質)が人の心を癒している。

  そんな樹木を見ていると、木の付く四文字熟語が浮かんできた。「移木之信 いぼくのしん」だ。

  これは秦の始皇帝に仕えた商鞅の故事。=南門の木を北門へ移せば十金を与えると布告した。

  それを見た人たちは、そんな事ぐらいで十金もくれる訳が無いと相手にしなかった。

  そこで商鞅は五十金に増額した。するとその木を移す者が現れたので、約束通り五十金を渡し。

  国は約束を守ることを知らしめた。。。其の後は次から次へと法律を作って行く、それにより秦は大国に

  なって行く、そんな商鞅も最期は自分の作った法に縛られて死ぬことに成る。

  蛇足だが、法律は少なければ少ないほど良いわけだ。現在でも法律の多い国ほど駄目な国?

  だって、法律が無ければ立ち行かないほど、悪人が満ちている?

  ホンの一例だが、VW、三菱、スズキと排ガスや燃費問題で世界中の不信をかっている。