知らんプリ?

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  早朝散歩⇒今朝も奥須磨公園のチビッコ広場まで遣って来た。何時もの様にストレッチをしていると足元に

 アリが動き回っているそのアリを見た瞬間、今日は家を出てから帰るまで何匹のアリを踏み潰すのか?

 私には殺生与奪(さっせいよだつ)の権など有ろうはずもないのに、そんなことは知らんプリ
       蟻を踏み殺しながら散歩するオヤジ↓
 イメージ 2知らんふりと言えば、命を尊ぶ宗教者はどうだろう?

禅宗の修行僧は座禅を組んでいるとき手に蚊がとまっ

ても殺さない、座禅が済んで立ち上がったとき蚊は血液

を思い切り吸って血膨れしている、痒さのあまり手を振

ると、蚊は血の重みで床に落ち一巻の終わりだ。

そんな修行僧でも托鉢の道中、地べたを這うアリを

踏み殺している。
           車輪の下敷きにされて死にゆくアリンコ
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勿論、イスラム教やキリスト教を信じる者も似たようなも

のだ。の命との命に重さの差があるのだろうか?

賢しらな宗教人に聞いてみたい。

それに気づいたことだが、蟻は身近な生き物だから、

慣用句によく使われる。例えば「蟻の這い出る隙もない」

そんなに隙間が狭いのか?「蟻の一穴」小さな穴から水

が浸み込みやがて堤防が決壊する。
                                  
其れに「アリの熊野詣で」と言うのもある。世界遺産の熊野道をゾロゾロと規則正しく並んで歩いて行く

そんなことから蟻と言う文字は虫偏に義と書くのか?な~んて、思いながら動き回るアリを眺めていた。